舞鶴簡易裁判所 昭和43年(ろ)17号 判決 1968年10月07日
被告人 神林栄
主文
被告人は無罪。
理由
第一、本件公訴事実は、
「被告人は、所轄海運局長から船舶安全法五条の二適用船舶として同条に定める検査に合格し、その航行上の条件として航行区域を平水区域と指定されその旨記入してある船舶検査合格証を交付された汽船第二春日丸(三九、一トン)の船長であるが、法定の除外事由がないのに、昭和四三年二月二八日ころ、平水区域である舞鶴市神崎河口港から沿海区域である同市野原港まで砂利約五〇立方メートルを運送のため同船を運航し、もつて同船の航行区域をこえて同船を航行の用に供したものである。」というのであり、そして、その罰条として船舶安全法五条の二、二四条の二第一項、第二項、同法施行規則一三条一項一号、二項、三項、四二条、一条三項二六号、七一条一号が挙げられている。
第二、よつて、判断するに、被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書、竹内鉄太郎、城生三一の司法巡査に対する各供述調書、日本国近畿海運局舞鶴支局作成の船舶国籍証書の謄本、近畿海運局舞鶴支局長坂下一郎作成の船舶検査合格証の謄本によると、検察官主張の公訴事実のとおり被告人が本件船舶をもつて沿海区域を航行した事実を認定することができる。
そして、被告人の本件所為を処罰する直接の罰条は、船舶安全法施行規則七一条一号であり、同条号には船長が「航行区域をこえて法五条ノ二の船舶を航行の用に供したとき」には、五千円以下の罰金に処する旨の規定がある。
ところで、日本国憲法三一条、七三条六号但書に照らせば、罪刑法定主義の原則上刑罰法規は形式的意義における法律をもつて規定されるか、少くとも法律の特定の具体的委任に基づくものでなければならない。そして、かかる委任命令が許容されるためには、(一)法律が特定の事項を限つて命令に具体的に委任していること、(二)授権の範囲が広範不明確で刑罰法規を国会の権限に留保している趣旨を没却しないことなどを具備することが要求される。そこで、前記船舶安全法施行規則七一条一号がかかる意味で法律の適正な委任を受けたものか否かにつき次に検討していく。
この委任条項としてまず船舶安全法二四条ノ二が「第五条ノ二………………ニ規定スル命令ニハ必要ナル罰則ヲ設クルコトヲ得前項ノ罰則ニ規定スルコトヲ得ル罰ハ五千円以下ノ罰金トス」と規定し、同法五条ノ二には平水区域のみを航行する船舶などに対して主務大臣が行う臨時検査につき、その「検査ノ方法及検査ニ基キ交付スル証書ソノ他ノ書類ニ関シテハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」とあつて、その委任の範囲を明らかにしている。そこで、いまこの委任条項自体の適憲性の判断は暫く措くこととし、まず本件の如き航行区域を越えた航行を処罰する同法施行規則七一条一号が右委任の範囲に属するか否かにつき吟味するに、かかる航行区域の指定は同規則一三条一項一号に則り所轄海運局長が船舶安全法五条ノ二の検査に合格済の船舶に対し行うものであり、その指定またはその指定に違反すること自体は、同法五条ノ二で命令に委任する「検査ノ方法」や「検査ニ基キ交付スル証書ソノ他ノ書類」に関する事項に当らないことは明らかである。したがつて、所轄海運局長の航行区域の指定を定める同規則一三条一項一号は同法二四条ノ二、五条ノ二によつて罰則を設けることを委任された命令に該るとはいえないのであり、そうするとその違反を処罰する同規則七一条一号は結局既述の如き適正な法律の委任を欠き、憲法三一条、七三条六号に適合しないものであるといわねばならないから、これをもつて被告人を処罰することはできないものと考える(最判昭和二七・一二・二四(大法廷)刑集六巻一一号一三四六頁参照)。
なお、検察官は、所轄海運局長の航行区域の指定が前記規則一三条二項に従い船舶合格証書に記入して行なわれるところから、航行区域外の航行をもつて、同合格証書の単なる記載事項違反であるとし、右規則は船舶安全法五条ノ二所定の「証書ソノ他ノ書類」に関する命令に該当し、したがつてその処罰規定たる同規則七一条一号も同法二四条ノ二による委任を受けたことになると主張するもののようである。
しかしながら、同規則七一条一号は単に「航行区域をこえて法五条ノ二を船舶の航行の用に供したとき」と規定し、同条四号の如く検査合格証に記載したものの違反に限定しないで広くその記載の有無を問わず処罰しているのであつて、しかも船舶安全法五条ノ二はそもそも船舶が「平水区域ノミヲ航行スルモノ」であることを前提にして、その臨時検査の方法、検査合格証書その他の書類に関する事項のみを命令に委任しているのである。したがつて、航行区域違反罪は、検査の方法や検査合格証書とは無関係な旧小型船舶安全規則一四条違反の小型船舶航行区域外航行罪に由来するものであつて、決して形式的な証書の記載事項違反として捉えるべきものではなく、所轄海運局長の航行区域指定ないし、その指定以前に存する前提事項に違反するものとして把握せねばならないところである。そして、このことは船舶安全法五条ノ二の適用のない船舶(いわゆる大型船舶)に関する罰則規定である同法一八条一号ないし七号とりわけその二号と、同条八号との対比や、委任規定である同法一〇条ノ三が最大搭載人員、制限汽圧などの船舶検査証書記載事項をも、船舶検査証書とともにその直前に別記してこれらの事項を検査証書とともに命令に委任する旨明定し、同法が検査証書と航行の条件とを明らかに区別していることからも窺知できるところである。これに反し、検察官主張の如くかかる事項もすべて検査合格証書その他の書類に記入することによつて一切同法五条ノ二の証書その他の書類に関する命令に該当するにいたり、その違反をことさらに証書等の記載事項違反と形式的に受け止めて、その処罰が同法二四条ノ二によつて命令に委任されているものと解するならば、いかなる事項でも検査合格証等に記入さえすれば、その違反に対し命令によつて刑罰を課すことができる結果になり、同法二四条ノ二が行政機関に実質的な広汎な裁量の余地を残す無限定な委任をなすものとして、その委任条項自体が憲法三一条、七三条六号の趣旨に反する違憲の法条であるとさえいわねばならない破目に陥るのである。そもそも、自由を制限したり弱めたりする委任された権限は、これをすべて厳格に解釈せねばならないのであつて船舶安全法二四条ノ二につきかかる違憲の解釈、運用を醸し出す如き見解が到底採用できないことはいうまでもないところである。
第三、以上のとおりであるから、被告人を本件所為について処罰すべき船舶安全法施行規則七一条一号は憲法三一条、七三条六号に適合しない違憲の規則であり、憲法九八条一項に従い右規則同条号はその効力を有しないものといわねばならない。
よつて、被告人に対する本件船舶安全法施行規則違反被告事件は罪とならないものであるから、刑事訴訟法三三六条に従い被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川義春)